下訳の仕組みがうまく機能するかというと、下訳者が事実上の共訳者である場合だ。つまり、訳者として名前をださないだけで、実際の作業の段階では、翻訳の全体に対して責任を負う場合である。原著をすべて読み、他の下訳者が担当した部分の訳文もすべて読む。矛盾や問題がないかどうか、上訳者と変わらぬ姿勢でチェックし、訂正する作業を進める。下訳者が五人で上訳者が一人であれば、六人が対等の立場で協力しあい、全員が全体に対して責任を負う。逆にいえば、下訳者が下訳者であるかぎり、下訳の仕組みはうまく機能しない。流れ作業がうまくいかない理由も、下訳の仕組みがうまくいかない理由も、たったひとつの点に行き着く。翻訳では、「全体性」が命なのである。翻訳者は、翻訳という作業の全体に対して責任を負ってはじめて、力を発揮できる。この全体性を無視すれば、翻訳は成立しない。職業としての翻訳に取り組もうとする者なら、内容を理解し、意味を理解し、意味を伝えられる文章を書こうとする。翻訳とは、物を書く仕事なのであり、物を書くという作業は、原文を読み、理解し、書く作業の全体をすべて一貫して担ってはじめて可能になるものだ。だから、職業としての翻訳に取り組もうとするのであれば、翻訳という作業の全体性を認めない動きに対しては、断固とした姿勢を貫くべきだ。