実際、「テレビを観る」という行為は、同一の家庭空間のなかでもジェンダーによって異なる仕方で日常生活のなかに枠づけられている。モーレーは、この差異を、男性なり女性なりの「本質的な差異」に基づくものと見るのではなく、居間のなかでテレビをめぐって繰り広げられていくジェンダー間の駆け引きや葛藤、権力の重層的な作用との関係において把握していこうとした。そして、このようにジェンダー本質主義に陥らないで「テレビを観る」という日常的実践を理解をしていくには、家庭という場のなかでテレビという装置が、他の諸々のテクノロジカルな財との関係でどう配置され、使用されているのかをコンテクスチュアルに把握していかなければならないのである。こうした問題関心の展開がとりわけ明瞭に示されているのは、モーレーやシルバーストーン、エリック・ヒルシュなどによって進められたテクノロジーの消費についてのプロジェクトである。
(関連)
小山薫堂のメッセージはコチラ